松果体やサードアイの相談を受けると、こんな声によく出会います。

サードアイが開いているかどうかって、自分でわかるものですか?
2人の方から「サードアイが開いている」と言われました。でも自分では全く自覚がありません。何か視えるわけでもないです。
開いているみたいだけれど、なんも視えないです。気づいてないだけなのでしょうか。

瞑想も音源も続けているのに、何も感じないまま、という方は少なくありません。

そのうちに「自分は鈍感なタイプなんだ」と、自分を責めはじめてしまうこともあります。


引き寄せ研究所です。

先に答えをお伝えすると、それは鈍いからでも素質がないからでもなく、まだ眠っているだけで、気づかないうちに動きはじめていることもあるのです。

「開かない」のではなく、まだ眠っているだけ

サードアイをめぐって、古くから使われてきたのは「眠っている」という言い方です。

眠っているものは、壊れているわけではないのですね。

まだ、起きる時間が来ていないだけなのです。

「感じないのは鈍いからだ」と決めてしまうと、目覚めの途中にいる自分を見落としてしまいます。

感じないことは、あなたに何かが足りない証拠ではありません。

「開かない」ではなく「眠っている」|起きる時間がまだ来ていないだけ

眠っているだけなら、目覚める時を待っていて大丈夫ですよ。

「視える」ことだけが、目覚めのサインではありません

何も感じないと感じる方の多くは、目覚めの基準を「視えること」に置いています。

丹光が見えた、何かが視えるようになった——そうした報告と、自分をそっと比べてしまうのですね。

けれど、はじまりはもっと小さな形で現れる、とも言われています。

瞑想の佳境に入ると、額がムズムズしてくるんです。これは何なのでしょうか?
たまに、頭頂部がムズムズすることがあります。

眉間や額のムズムズ、ジンジンとした感覚も、前兆のひとつだと言われることがあります。

ただ、そこにこだわりすぎなくても大丈夫ですよ。

なんとなく選んだほうが、あとから正解だったとわかることがあります。

ふと浮かんだ考えが、そのまま当たっていることもあります。

そんなふうに直感が冴える日のほうが、先に増えていることもあるのです。

「何も感じない」と思っていた方が、実は気づいていなかっただけ、というのは珍しくありません。

なお、強い痛みや続く不調がある場合は、サイン探しよりも先に、まず医療機関にご相談くださいね。

探しにいくほど、遠ざかっていくもの

ここからが、いちばん大切なお話です。

サインを探すほど、心は「まだ感じられない自分」を毎日確認することになります。

外側に答えを探しにいく時間は、そのまま「足りない」という気持ちを育ててしまうのですね。

「サードアイは、開く時がくれば勝手に開く」と昔から言われてきました。

心を器にたとえるなら、目覚めとは、器が満ちたときに自然にあふれてくる水のようなものです。

器が空っぽのままでは、外側をどれだけ探しても、あふれてくるものがありません。

外側を探すほど遠ざかる|内側の器が満ちると、自然にあふれる

だから今夜は、感じられない自分を責めるのをやめて、自分の器に水を注いであげてください。

もし瞑想そのものがうまくいかないなら、瞑想が続かない・途中で寝てしまうのはなぜ?も、今夜の続きとして読んでみてください。

そして、目覚めを急がずに器を満たしていく習慣——そのお話は、夜のお便りでお届けしています。

今夜はサインを探さずに、ゆっくり休んでくださいね。