引き寄せ研究所です。
願いの叶い方について相談を受けると、こんな声によく出会います。
うれしいはずなのに、どこか納得がいかない。
それなら最初から諦めればよかったのか、と考えてしまうのですね。
「諦めた気分」と「叶った気分」が似ている理由
叶ったとき、人は、どんな気分でしょうか?
もう確かめなくていい。
もう、そわそわしなくていい。
実は、諦めたときの気分も、これとそっくりなのです。
どちらも、「確かめる」をやめた状態なのですね。
願いが遠く感じるときほど、私たちは答え合わせをしてしまいます。
連絡は来たか、結果は出たか、まだか、まだか。
この見張りの時間が、いちばん心を疲れさせていたのです。
諦めた瞬間、見張りが止まる。
だから、叶った人と同じ静けさが、先に訪れるのですね。
叶ったのは、願わなくなったからではありません
ここで、ひとつ注意しておきたいことがあります。
「諦めたら叶うなら、最初から願わないほうがいい」と学んでしまうことです。
願いそのものを下ろしてしまうと、動く理由まで一緒に消えてしまいます。
諦めたときに叶った人も、心の奥では、ちゃんと願いを持ったままでした。
強く願った人のほうが、叶います。
動いた人のほうが、夢に近づきます。
ただ、見張りと答え合わせという遠回りが、その足を止めていただけなのです。
諦めなくても、同じ状態は作れる
願いは持ったまま、見張りだけを下ろす。
それができれば、諦めるのを待たなくていいのです。
結果を確かめたくなったら、その代わりに、今日できる一歩を進めてみてください。
連絡を待つ代わりに、自分の予定を入れる。
合否を気にする代わりに、次の準備を始める。
願いに素直なまま、まっすぐ動いている人のまわりには、不思議と、手を貸してくれる人が集まると言われています。
諦めなくて、いいのです。
下ろすのは、見張りのほうだけですからね。
急にどうでもよくなった感覚の意味は、引き寄せで急にどうでもよくなった|それは叶う前兆かもしれませんにまとめています。
願いを受け取る器の満たし方は、夜のお便りの形で少しずつお届けしています。
今日も、確かめる代わりに、一歩だけ進んでみてくださいね。







