家族のためなら、迷わずお財布を開けるのに。自分のための買い物になると、レジの前で、ふっと手が止まる。
思い切って使ってみた日も、帰り道にはもう胸の奥がざわざわして、「私なんかが、こんなことしてよかったのかな」と、小さな後悔が押し寄せてくる。
自分の分だけ、いつも後回し。
そんな毎日を、ずっと繰り返してきたのかもしれませんね。
もしそうなら、まず、これだけは先に受け取ってほしいのです。
その罪悪感は、あなたが間違っているから生まれるのではありません。
むしろ、その逆です。
こんにちは、引き寄せ研究所です。
今夜は、「自分のためにお金を使えない」心のしくみと、それを静かにほどいていく方法を、私自身の話も交えてお伝えさせてください。
自分のためにお金を使えないのは、あなたがやさしい人である証拠
自分のためにお金を使うと胸が痛む。それは、あなたがずっと「誰かを先に」の順番で生きてきた証拠です。
家族の欲しいものは覚えているのに、自分の欲しいものは、聞かれてもすぐに思い出せない。
外食のメニューも、休日の過ごし方も、いつも「みんなが喜ぶほう」を選んできた。
自分の服や化粧品は「まだ使えるから」と後回しにして、家族の好みや記念日のことは、誰よりも細やかに覚えている。
その積み重ねは、間違いなくあなたのやさしさです。
そして同時に、その日々はあなたの中に「自分は最後でいい」という順番の癖を、静かに刻んできました。
だから、罪悪感を覚える自分を、どうか責めないでくださいね。
あなたはただ、やさしさの順番を、少しだけ長く守りすぎてきただけなのです。
あの胸の痛みは、あなたの中のやさしさが今も健在だという、合図のようなものだと私は思っています。
罪悪感の正体は、「受け取る価値がない」という古い思い込み
では、あの胸のざわざわの正体は、いったい何なのでしょうか?
私は、金額の問題ではないと感じています。数百円のお茶でも手が止まる日があるのに、家族のためなら大きな出費も迷わない。
そんな経験は、ありませんか?
つまりあの罪悪感は、「いくら使うか」ではなく、「誰のために使うか」で動いているのです。
その根っこにあるのは、多くの場合、「自分には受け取る価値がない」という、とても古い思い込みだと言われています。
私自身、子どもの頃は決して裕福とは言えない家庭で育ちました。
「うちは余裕がないんだから」という空気の中で、欲しいものを口にしない子どもになり、我慢することが正しいことだと、いつの間にか信じ込んでいました。
大人になってからも、その思い込みは形を変えて残りました。
ふたつの商品で迷ったら、理由もなく安いほうを選ぶ。本当は欲しかったほうを棚に戻して、「こっちで十分」と自分に言い聞かせる。
自分のためにお金を使うたびに、心のどこかで小さな警報が鳴るのです。
「あなたに、そんな資格はあるの?」と。
でもね、ここがいちばん大切なところです。
その思い込みは、あなたの敵ではありません。かつてのあなたを、その環境の中で守るために生まれた、古いお守りのようなものです。
ただ、今のあなたには、もうサイズが合わなくなっている。
それだけなのです。
お金はエネルギー。罪悪感は、その流れを静かに細くする
スピリチュアルの世界では、お金は「巡るエネルギー」だと言われています。
入ってきて、出ていって、また入ってくる。呼吸のように循環することで、健やかさを保つ性質があるのだそうです。
そう考えると、「罪悪感と一緒に払うお金」と「ありがとうと一緒に払うお金」は、同じ金額でも、心に残るものがまったく違ってくるのかもしれません。
罪悪感でいっぱいのまま使ったお金は、あなたの中に「やっぱり使わなければよかった」という重たい記憶を残しやすいと言われています。
すると心は、ますます受け取ることを怖がるようになり、豊かさの入り口を自分からそっと閉じてしまうのかもしれません。
心当たりは、ないでしょうか?
褒められると、とっさに「いえいえ、私なんて」と打ち消してしまう。
贈り物をもらうと、嬉しさより先に「お返ししなきゃ」と焦ってしまう。
実はこれらも、「自分のためにお金を使えない」ことと同じ根っこ、つまり受け取ることへの遠慮から来ている、と言われています。
お金だけの話では、なかったのですね。あなたはもしかすると、豊かさそのものを、ずっと遠慮しながら生きてきたのかもしれません。
反対に、「ありがとう」と気持ちよく送り出したお金は、巡り巡って、また別のかたちで戻ってくるという考え方もあります。
だからこそ、使う金額を変える前に、使うときの心のあり方から、そっと変えていけたらいいのです。
自分のためにお金を使う練習は、「一杯のお茶」から
とはいえ、長年の癖を急にひっくり返す必要はありません。
むしろ、大きなことをしようとすると心がびっくりしてしまうので、小さく、静かに始めるのがおすすめです。
私が最初にやったのは、「自分のためだけの一杯のお茶」でした。
練習1:小さな一杯を、自分のためだけに用意する
いつもより少しだけ好きな茶葉を選ぶ。気になっていたお店で、いちばん飲みたいものを頼む。
金額は、心が大きくざわつかない範囲でかまいません。
大切なのは、「誰かのついで」ではなく、「自分のためだけ」であること。
ここが、この練習の心臓部です。
そして飲むあいだの数分間だけは、家事や明日の予定をいったん脇に置いて、味と香りだけを感じてみてください。
その数分が、「自分を大切に扱う」という感覚を、少しずつ思い出させてくれるはずです。
練習2:払う瞬間に、心の中でひとこと添える
お金を払うとき、心の中でそっと唱えてみてください。
「受け取ります。ありがとう」
最初は照れくさいかもしれません。でもこのひとことは、「私は受け取っていい」という新しい回路を、心に少しずつ刻んでいく合図になります。
言葉には力が宿ると言われています。声に出さなくても、心の中でそっと唱えるだけで十分です。
練習3:罪悪感が出てきても、消そうとしない
練習を始めると、きっと罪悪感は顔を出します。それで、いいのです。
「あ、出てきたね。今まで守ってくれてありがとう」
そんなふうに、気づいて、眺めるだけで十分です。無理に追い払おうと戦うと、かえって心の中で存在感を増してしまうことがあります。
ただ気づく。それだけで、古い思い込みは少しずつ力をゆるめていくと言われています。
練習4:使えた日の自分に、小さな花マルをつける
そしてもうひとつ。自分のために使えた日は、その夜、心の中で小さな花マルをつけてあげてください。
「今日は、ちゃんと受け取れたね」
うまく言えた日も、罪悪感まみれだった日も、練習した事実そのものに、マルをつけていいのです。
できなかった日を数えるのではなく、できた日をそっと数えていく。
この数え方の向きが、時間をかけて、心の土台をやさしく変えていってくれるはずです。
豊かさは、「受け取る器」に流れ込んでくる
ここまで読んでくださったあなたに、いちばん伝えたいことがあります。
豊かさは、外側を追いかけるほど、なぜか遠ざかっていくもののようです。
節約を頑張っても、我慢を重ねても、心のどこかに満たされなさが残るのは、あなたの努力が足りないからではありません。
「あれさえ手に入れば、安心できるはず」。そう信じて頑張ってきたのに、手に入れた瞬間の安心は、なぜか長続きしなかった。
もし思い当たるなら、それは注ぐ場所が、少し違っていただけなのだと思います。
順番が、逆だったのです。
先に満たすべきは、外側の条件ではなく、内側の器のほう。
一杯のお茶を自分に許すことは、浪費ではなく、その内側をやさしく満たしていく、小さな水やりです。
内側が「私は受け取っていい」と思い出しはじめると、不思議なことに、お金だけでなく、人のやさしさも、嬉しい偶然も、少しずつ入ってきやすくなると言われています。
私自身、「自分は運が悪い」とばかり思っていた頃には想像もできなかった流れが、そこから静かに始まりました。
大きな変化は、いつも小さな許しから始まるのだと思います。
昨日より一杯ぶんだけ、自分にやさしくなる。その繰り返しが、気づけば見える景色を、静かに変えていってくれるのかもしれません。
あなたの内側は、壊れてなどいません。ただ長いあいだ、ふたを閉めて、みんなに先を譲ってきただけなのです。
今夜、いちばん小さな一歩を
もしよかったら、今夜か明日、たった一杯でいいので、「自分のためだけのお茶」を用意してみてください。
そして口に運ぶとき、心の中でひとことだけ。「受け取ります。ありがとう」。
胸がざわついても、大丈夫です。そのざわめきは、あなたの中の古いお守りが、新しいあなたに席を譲ろうとしている音かもしれません。
うまくできない日があっても、かまいません。この練習は、何度でもやり直せますから。
もし「引き寄せを頑張るほど、なぜか遠ざかる」と感じてきたなら、引き寄せに疲れた・やめたいあなたへも、同じ「器」の話としてつながっています。
あなたの明日の一杯が、やさしい味でありますように。
そして、受け取る練習の続きや、私が「自分は運が悪い」と思い込んでいた毎日からどんなふうに抜け出していったのか、その一歩ずつのお話は、ここから先で静かにお渡ししていきますね。
よかったら、これも受け取る練習のひとつだと思って、そっと受け取ってみてください。